『ワインとキャビア』








「千種ー、ちーくさー、」

ダイニングの方から呂律の回ってない声が聞こえ、あぁ またですか、と思いながら 千種は足を向かわせる。

「………‥大丈夫ですか 骸様」
「へーきれすよーぉ」

顔には 普段の気持悪い笑みではなく、寧ろ可愛らしいと言ってしまいそうな笑顔が浮かんでいた。上機嫌そうで何より。
舌ったらずな喋り方をするものだから、骸の声でなければ犬が話しているのかとも思えてしまいそうだった。

「飲みすぎですよ、弱いのに」
「せんぱいに比べたらこんくらい…‥」

グラスにまた新たなワインを継ぎ足すと、丁度ボトルの中が空になった。
まさか 一人で一本空けたのだろうか、この人は。

確かにランチアさんは 人一倍お酒が弱い。と 言うか、全く飲めない。
少しでもお酒が入ってしまえば酔っ払ってしまうし 力は無くなるし、次の日には記憶も無くなってしまうほどに。
それに比べれば 骸様のお酒の弱さなんて大したことないかもしれない。けれど、一般的に考えれば弱い方であることには変わりなかった。
自分だって 物凄く飲める というではないにせよ、骸様に比べればまだマシな気がする。

「ちくさぁー新しいのもってきてくらさい」
「………‥」

これは命令なのだろうか。それなら 従わなくてはならない。

はぁ、と溜め息を吐くと 千種はすぐ傍にある冷蔵庫の扉を開けた。
中を覗いてみると 何処から沸いてきたのか、キアンティだのマルサーラだのヴィンサントだの書いてある、とにかく見るからに高級そうなワインが幾本も並んでいた。
いつの間にこんなに仕入れたのだろう。

「どれが良いんですか」
「どれでもいーれす、ちくさのお好きなのをえらんでどーぞ」

そう言われても、どれがどんな物であるかなんて自分には解らない。ワインなんて興味がなかったからだ。
まぁ 今の骸様ならどれでも飲むだろう、そう思い 目に付いた一本を適当に取ろうと手を伸ばす。

「ちーくさー、キャビアがたべたいです」
「……‥あるんですか」
「ありません」

目を向ければ、少し赤らんだ顔と潤んだ瞳で、にこにことした邪気のない 期待に満ちた笑みを浮かべる顔があった。
そんなに食べたいのなら ご自分で買いに行かれれば、と言おうとしたが 完全に酔いの回ってしまった骸様を外に出せば、何を為出かすか解らない。
この寒い季節でもお構いなしに 道路で寝てしまうかもしれない。
その程度ならまだしも、もし道行く人に絡んだら もし裸足でフェンスを登ったりしたら もし大声で歌い出したりしたら もし服を脱いで露出狂と思われたら もし、……‥

どれもやり兼ねないと思い、千種はまた深い溜め息を吐いた。
仕様がない、面倒だけど。

「解りましたよ、買って来ますから」
「あ、いえ。その必要はありません」
「はい?」

先程ないのに食べたいなどと言ったくせに、全く わけが解らない。
そんな千種の様子もお構いなしに、骸は半分ほど入っていたワインを飲み干した。
手に持っていたグラスを千種の方に向け 新しいワインを催促する骸に半ば呆れながらも、冷蔵庫からボトルを取り出し それを手渡した。

「くふふ、ありがとうございます。でも、残念ながらこれは ハズレなんれすよ」
「どれも同じに見えますが」
「これはお肉と合わせた方が というとわかりますかねぇ」
「………‥」
「いーれすよ、これをいっしょに飲みますか」
「キャビアはもう良いんですか」

言われると、骸は一瞬きょとん とした顔をする。まさかこの人、ついさっきの事も覚えてないのだろうか。
そう考えると、これ以上飲ませるのは少々心配になってきた。が、すぐに あぁ、と頷いて また笑顔に戻る。

「だいじょーぶ、さっきけんとせんぱいが買いに行きましたから」

さぁ、どうぞ。
そう言いながら、骸様はいつ用意したのか 新しいグラスを僕に差し出した。

「二人がもどってくるまで、ぼくにつきあってください」
「…‥はい」
「もどってきたら、つぎはみんなで飲みましょーか」
「そう ですね」




どうせなら 犬とランチアさん、ゆっくり帰ってきたらいいな と思いながら、骸様からグラスを受け取り席に着いた。







種→骸 だけど仲良しな黒曜設定で... 携帯サイトの元拍手お礼でした.




†2006.2.20