『ふたりだけ』













冬の日射しは心地が良い。太陽の光りは、寒い空気の中だと余計にそれを感じさせるから。


「リボーン先輩」
「……ん、」

このひとが何で自分の家に居るんだとか、何で自分のベッドで寝てるんだとか、何で自分の服を着てるんだとか。
疑問視すべき点はいくつかあるのに。
それよりも、喉の奥から出たような小さな声に気を取られた。いつ起きたのか。ずっと起きていたのか。
聞く前に、俺はその足元に腰を下ろして、違う質問を投げてみた。

「俺、解らないことがあるんですけど」
「……ん」

さっきより幾分かはっきりした音。俺には、なんだ と聞えて。だから続けて喋ってみた。

「先輩は、俺の何が好きなんですか」

最近よく彼の声で耳にする『好き』に、一体どんな意味があるのだろう。
このひとは、冗談と本気の区別がつかない言葉ばかり放つ。それにいちいち付き合うつもりはなかった。
俺は被害者だ。そう思うと簡単。
なのに、いつの間にかその声が真剣になっていたりする。だから。聞いてみたかった。彼のその 声で。
大した答えは期待していない。このひとは直ぐにはぐらかすから。

「…顔とか」

やっぱり。言葉が出そうになって、唇を舐めた。
そういえば以前、好みのタイプを尋ねてみたことがある。
まずは俺に従順な奴。顔がいい奴。あと、セックス上手い奴?とか。
予想のまま返ってきて、俺は少し笑っていた。酔ったときの先輩は饒舌。
そういえば、これは昨晩の話だった気がする。
此処から見えるダイニングテーブルには、空いたワインボトルとグラスが乗っていた。

「ふぅん。じゃ、整形しようかな」

昨日は確かこう続いた。この顔、好きなんですか?
俺は、自分の顔なんてどうでも良いけど。先輩は答えなかった。
代わりに、空のグラスにワインを注いでいた。そこからの記憶が曖昧。あまり覚えてない。あれっ、覚えてない。

「スカル」

先輩の、起きたばかりのときみたいな声。耳を通らずに直接脳を揺さぶるような。
気持ち悪い。意識的にそう感じた。
彼に好かれている自分が嫌い。愛情は、いつも与えるばかりで。
こうむることには不慣れだった。それを理解させられて、いっそう掻き暮れてしまう。

「お前はそうやって、誤魔化してるつもりかもしんねーけどな」

誤魔化してるって。それは俺じゃない、先輩です。試しに言ってやりたい。
まさか、本気で俺が好きだなんて、言いませんよね?
当たり前のことなのに、頭が少しぐらついた。

「──────」

声がひとつ、まるで零してしまったかのように小さく聞えて。俺は顔を向ける。
身体を起こした先輩が、髪の毛を掻きあげる。伏せられていた瞼が上がる。視線と視線が、絡む。
わかってんだろ、と。戯れているときのような表情。いつもと違う。感情が容易に解ってしまう、顔。
俺は、流されただけだったのかもしれない。流されて、取り込まれて、支配されて。逃げられない。
気付いたときには遅かった。いつも知らぬ間にあの掌の中でもがいてる。
絶えかけながら呼吸するくらいに、息苦しい。その息苦しさが、心地悪くて心地良い。理由は解らないけれど。
多分、誰かひとりのモノで在り続けるのが楽だったから。かも。

「……スカルの、」

眼が好きだ。透明ででっかくて、俺をよく映す。鏡に映ってるやつよりも、ずっと本物っぽく。緑色だけど。
まるで、俺の全てを見透かしているみたいで。
スカルの眼に映る俺は、いつも周りから見えてる俺とは違う気がする。だってそうだろう。お前は俺が、…だから。

そこまで、突然大真面目な顔で言われて。俺はとりあえず、思い出したかのように二度瞬いた。乾燥した瞳が痛い。
瞼をくっつけると少し和らいで、代わりに、少し湿った。
先輩まだ酔ってます?聞きそうになるくらい、一度にたくさんのことを言われたのだと。
だから追いつかない頭で彼の言葉を復唱して。
終わってひとつ、呼吸をする。息苦しさが減っていた。ほんの、三分の一くらいは。
柔らかく伸ばされた指。それが、俺の瞼に触れる。酷く熱く感じた。
気のせい。言い聞かせてから、その指に、この指で触れてみる。今度は冷たくて。ちがう、逆。
俺の指は熱かった。

「最後、なんで、誤魔化したんですか」
「…言わなくても」
「先輩、俺、」

嫌い、なんて言ったことないと思う。言葉にしてから、我ながら狡いと思った。
確かに嫌いだ。けどそれは彼ではなく。彼が俺を求めること。この上なく嫌い。
それでも、先輩自身は嫌いじゃない。と思う。やっぱり狡い。
でも、それは彼も同じ。肝心なところを言わない。だから、俺に否定もさせない。
臆病者。何となく彼に似合う気がする。誰も言わないけど。俺しか思っていないだろうけど。

昨日の会話の続き、思い出した。俺がワインを一口含んだのを見てから。先輩は言った。
周りは放っておいても寄ってくる。けどスカルは違う。
スカルは、目を離したら消えてしまいそうだ。だから離せない。見ておくしかない。ずっと。
望む者を見失えば、俺は本当の意味で独りになると思う。孤独が嫌だとか。
別に、そんな餓鬼みてーなことを言うつもりはない。ただお前の視界に在りたいと。それだけ、だ。
ゆっくりと言われて、俺は言葉を返せなくて。
躊躇する思考を抑えながら、特定の感情をつけられない口付けを送ることしかできなかった。
そのときは。何かを声にするのが怖かったから。先輩だけじゃない。俺も、臆病者。
彼の言葉に、声に。また俺は縛られた。それでも嫌いとは思えない。拒んでみても、本音が叫ぶ。

あまりにも求められるから。それじゃ、まるで。世界が、先輩と俺だけのものみたいだと感じて。



先輩の身体が、先程より少し強くなった陽射しに照らされる。明るみの中に混ざっていって。
そのまま、光に溶けてしまいそうに見えたから。

俺はその身を 腕に包んだ。










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強いひとこそ、本当は弱いんだと



なんだこの二人!シリアスがシリアスになりきれません.
スカルの前だと弱くていいとおもう、リボ様





†2007.1.9