『人形』












「…‥どうしたの、それ」

犬が抱えていたのは、僕らと然程変わらぬ大きさの 人形。

「作って貰った」
「誰に」
「ランチアさん」
「…何で」
「俺が欲しいって言ったから」

「触ってみる?」そう聞かれて、僕は首を横に振る。触るのは怖い。けれど、目を離すことは出来そうになかった。
淡々とした口調で言った犬の腕に在るそれを、ランチアさんは一体どんな思いで作ったのだろう。

「何で、そんなこと」
「『そんな』じゃない」
「決めたよね、僕達」
「決めた、けど」
「待つって」
「…待てねーよ、もう」

骸様の姿を象ったそれを抱き締めながら、犬は小さく呟いた。
僕と犬とランチアさんは、三人で彼の帰りを待つと決めていた。それなのに。
待ち人の姿とよく似たそれは、彼と同じような深い青の髪を持ち、特徴のある左右の違う瞳を持つ。
本当に、本物の骸様のような。

「犬…‥」
「この人は骸さんだ」
「違うよ」
「俺達がずっと待ってた人」
「違うってば」
「おかえりなさい」
「………‥」

犬の瞳は、いつも彼が骸様に向けていたように笑っていた。
無邪気に目を細める犬を見ると、何も言えない。
骸様が居なくなってからの彼は、まるで別人のように笑わなくなってしまったから。

「骸さん、お腹空いたれしょ?今ランチアさんがご飯作ってますからね。後で一緒に食べましょ」

骸様が居て、彼に笑いかける犬が居て。
僕の欲しかった、あんなに欲しかったものが今 目の前にある。

「それまで暇れすよねー、どうします?ボーリングでもしときましょーか」

それを自分の手で崩せるほど、僕は強くない のに。

僕と犬はまるで主をなくした鳥のように、生きる術を失ったから。何かにすがりたかったのは 自分も同じだったけれど。
ずっと探し続けていたものは、これではない。

「ねぇ骸さん、」

犬が呼び掛けたそれは、魂の入っていないただの人形で。

「頭 撫でてくらさいよ。いつもみたいに」

当然、返事などあるはずもなく。今まで喋り続けていた犬が口を閉じるだけで、辺りはシンと静まり返ってしまった。
犬は人形の腕を掴むと、関節を回して自分の頭へと導こうとする。

「…‥あ、」

回した途端、人形の腕は胴体から外れてしまった。
犬の手に残ったものは、ただのシリコンの固まりでしかなくなって。

「へへっ‥取れちゃっ た…」
「け…‥ん‥、犬?」
「やっぱ、ダメか‥」

泣きそうだった。犬も、僕も。
僕らの欲しいものは、容易いようで難しく。一体何をすれば手に入るのかも解らない。
僕らの求めているのは、たった一人。ただ あの人が、此処に居ればそれでいいのに。



僕達は、これからも
未だ帰らぬ人の姿をただ、待ち続ける。




















何となく薄暗い黒曜.本当はチア様も登場する予定だったのですが、何か出せなかった.あぁでもチア様が出れば幸せモードに動かせたかもしれません.続き書けたら書くます.
一応むっく復活(見込み)記念で..犬ちゃんの話のはずなのに種子視点なのが....うん..?
読み直したら種犬っこくなってたけど種→骸←犬です.





†2006.7.18