『盲目』









見つめてくる瞳に苛ついたから、行為の最中であるにも関わらずに殴ってやった。
痛みに小さく声を出しても お前はすぐに顔を上げ、薄く笑みを浮かべながらまた俺を見つめ続けている。

『人間が、嫌いなんです』

いつかの骸の言葉が、俺の頭の片隅をよぎる。
その詞の真意に気付かされたのは、もっと ずっと後のこと。


「けれど 世界中で自分という人間が 一番醜く愚かであることくらい、解ってはいるんです」

「こんな汚れた手をした僕を、一体 誰が愛してくれるというのですか?」

身も心も紅く、黒く 染まりきっていた僕を。
どうして突き放してくれないのですか。
いっそのこと、棄ててくれればいいものを。
殺してくれればいいものを。

「犬も、千種も。表面上の敬意だけで僕を慕ってくれていたということくらい、解っていました」

それは 僕の求めるものではない。
僕が欲しかったのは、そんな形の愛ではない。

「貴方だって 僕を本当に愛してくれるわけが、」


喋り続けるお前を黙らせることなんて、容易いはずなのに。
大粒の雫を溢しながら笑みを作る姿を見て、投げつけようと固めていた拳がゆるゆると開いていくことに 自分で気付く。
瞳から落ちる雫を拭ってやりたい。そう感じてしまった自分に 酷な奴、と告げながらも。

それでも 骸の顔へ向けかけていた自分の指先が見えてしまうと、意識的に止めてしまう。
俺達は、そういう関係じゃないんだ と。

「…‥貴方でも、僕に対してそんな表情が出来るんですね」
「……‥何 が、」

問いてはみたけれど、本当は 解ってた。
10年前にはきっとあったはずの情が、今の俺にも残っていたことくらい。
それが 余計なものであることも。

「ボンゴレ…‥貴方は、やはり変わっていませんよ」

僕を生かしたままにしてしまった、10年前のあの日から 何も。
中途半端な優しさで与えてくれる 同情でしかない愛情が、そう 物語る。
いくら貴方があの頃より冷血になったと言われていても、僕にはそれを感じ取ることが出来なかった。

認めたくなどないはずなのに、今の僕にとって貴方は唯一絶対の存在になってしまった。
一体いつからそうなったのか、考えることすら恐ろしいほどに。

貴方はずっと、僕ではない他の人間を愛し続けているというのに。

「本当に愛してくれなくても、構いません」

「所詮僕は、貴方の愛する方の ほんの変わりにすぎませんから」

だから 僕を愛しいと感じてくれるのなら、たった一瞬でいいんです。
あわよくば 抱き締めた腕に少しだけ力を込める、その瞬間に。
それだけでも僕は、充分に満たされますから。
今はただ 貴方のその綺麗な指と、僕のこの汚れた指とを絡ませていたいだけ。

だから どうか、その方へ届かぬ想いをぶつけるかのように。



お前の瞳はあの頃から盲目で、未だに暗く曇ったまま。
見出したいものの半分も見えていなくてもなお、自分を本当に愛してくれる人間の姿を 手探りに求め続けている。

俺のこの感情が、何であるのかは解らないけれど。
目立たない処に小さな痕を残すという行為でなら、自分にすらもよく解らないそれを 伝えることが出来るような気が した。


確証の持てない愛は 偽りにしか見えず。
伝えられない言葉が、その真の意味を成すことはない。
人からの愛を求めているのは、自分が人を愛せないから。
人を愛せないのは、自分が愛を感じたことがないからなのだと。

今の俺には、お前にそのことを気付かせてやることすら 出来ないけれど。


「……‥、本当に それでいいなら」
「えぇ、勿論」

偽りの言葉に返されたのは 偽りの言葉。
総てを濡らすかのように涙を溢していても、未だに笑みを崩さず 俺を見つめたまま。

その盲目の瞳に お前の求めている人間の姿が映し出されるのは、一体いつになるのだろう。
それが自分ではないと決めつけた上で考えていたことに、また一つ 次は理由の解らない苛立ちを感じながら。


芽生えかけた感情は、自分自身にさえも気付かれないよう 心の奥深くに閉じ込めて。
壊れかけたその身体を、先程よりも少しだけ強く 抱き締めた。





盲目なのは、きっとお互い様だった.




†2006.4.1